ヒロシマ

お嬢ちゃんの一言で…(広島滞在編その2)

『広島に来たら、また電話してくださいよ』

とタクシーの運ちゃんから名詞を貰い、昨夜は帰宅。。

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『ヒロシマ』… 再び…

と書くと。
また広島に逝ったのか?と読者諸兄姉は誰もが思ふだらう

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Want nothing until we win.

軍國少年出身の狂祖にとって、この言葉は精神の中心を構成してゐる言うなれば憲法たる要素である。
義務教育の時分には教室内で声高に叫び、諸悪の根源「日狂組」所属の教員追放に奔走してゐた事も思い出される…。
まぁ『欲しがりません 勝つまでは』っていふ標語ですね。



現人神の御意向に即し、自己のマイル修行の為瑞西連邦より帰國したばかりでありますが。
どうしても逝きたいところがありましたので。
可及的速やかに逝く事と致しました。
今月に入ってから。
自分の勤務表を見てみりゃー。
なにやら「や・や・や・や…」続いてばかりでw。
休場した力士の感覚~。

10月某日。
場所は早朝の東京國際機場。
「乙号航空大楼」に狂祖の姿ありけり。
本当は、積み立てマイルの有効期限が気になっておりましたので。
国営航空で向かう積もりでありました。
とある「北の御大」の電脳日記を拝見するまでは…。

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のぞみは西へ



6月のある日、私はふるさと広島に向かいました。
東京に出てきて4年。
実家には何度も帰っています。
今回は、半年ぶりでした

今日は、祖母に原爆の話を聞いてみたいと思っています。
いつもとは少し違う帰省でした。




TBSに於けるドキュメンタリー番組『ヒロシマ』の一説である。
これを僭越ながら(?)狂祖に置き換え、私小説風にすれば以下のやうになるカモしれぬ。



5月のある日、わしは聖地広島に向かいました。
広島に填って数年。
広島には何度も逝ってゐます。
今回は、2ヶ月ぶりでした。

けふは、500系のぞみで逝ってみたいと思ってゐます。
いつもとは少し違う参拝でちた。




となるものと愚考するところである。
つまり大抵の場合は、空を飛んで聖地へ逝くのが常であるが、今回は「500系のぞみ」で逝ったのである。
というのも理由がありまして。
御承知の方々も多いと思はれるが、今年7月の列車時刻改正から、現行新幹線の主力である700系の後継機であるN700系が導入される予定である。
その配備により、一気に500系が東海道新幹線から追放(=駆逐)される、との『噂』が強く叫ばれてゐる。
その真相の程は明らかではないが「それが突然現実となって後悔するよりは、今のうちに乗っておこう」的な理論で急遽今回設定したものである。
従来の東海地区国鉄の他地区国鉄に対するイビリ方に鑑みれば。
この噂は誰もが否定できないもの。
元来東海地区国鉄は、『自社が所有してゐないor自社基準以上の服務』に対して非常に冷酷な怪社である。
今は昔。
新幹線車両が100系華やかなりし頃。
西日本国鉄所有の100系グリーン車には、パーソナルモニターが附属され動画を提供してゐた。
他方、東海国鉄所有の方には。
そんなものはナッスィング。
すると、東海国鉄が下した天罰は。

『西日本車両が、東海国鉄の領土(つまり東京~新大阪)通過時には、色々因縁つけて主電源断』

作戦である。
自社提供の基準以上の服務提供を如何に嫌う怪社であるか。
この事例からも明らかであろう。

西日本国鉄のみが所有する500系の場合も然り。
500系は東海地区国鉄の要求する条件に合致しない車両。(定員その他の面で)
例外中の例外、特例中の特例で、東京地区にまで進出を「許されてゐる」車両である。
ゆえに、東海国鉄の本心としては、可及的速やかに500系を追放したいものではないかと疑ってゐるところである。

ゆえに。
今回の「広島奇行」の主目的は、500系に乗車する事。
その他の諸行については、後刻の参拝時にしたいと思う。




5月12日(土)午前5時20分。
東京駅構内。
新幹線南乗り換え口に狂祖の姿ありけり。
夏至まであと何日、と夏至が視野に入る程の暦となったが為に、この時刻でもすでに相当明るい。
目指すはこのホーム、14番線。
1_29
新幹線に乗り込む時は、東京駅に直前到着の事が多いが、今回は気合いの入り方が違う。
「500系がホームに入線するところから拝もう」、位の野心なり矜持はあったんよー。
こんな時間に新幹線乗り換え口に来た事は無いのー。
ん?
何かおかしい??
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自動改札が封鎖状態…。
頭上の電光表示を注視すれば。
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改札は午前5時30分から、だったんぢゃねー。
知らんかったorz。
今回のきっぷ(往路)
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国策旅行怪社の商品(団券)を利用。
ホームに駆け上がってみれば。
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すでに入線してゐたorz。
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勿論「西日本国鉄」編成。
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500系の特徴は、この独特の形状たる集電装置。
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風きり音を低減させるこの模様も見納めかorz。
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1号車の車内を撮影。
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空気抵抗を少なくさせる形状ゆえに高さが確保できず、1列目2列目の頭上(overhead)に「荷物入れ」がありませぬ。
その対策として。
サイドテーブル的な荷物置き場が用意されてゐます。
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では車内に乗り込みませう。
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円筒形の車体形状が如実ですね。
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東名阪を往来する人々に不評の「窓際席」。
飛行機よりも快適だと思うのですが…。
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前後の座席間隔は、東海国鉄の要求する座席定員に近づける為、700系よりも狭くなっております。
座席回転動作時の占領空間を極少にさせるため、直角に近い角度の背もたれが印象的。
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車内設備そのものは一般的なものです。
では座りまして。
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前方を見てみれば。
西日本国鉄所有の車両ゆえに、『新幹線エクスプレス予約』の広告塔が、仲間由紀恵女史。
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東京駅を時刻どおりに出発。
すぐに品川。
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そして新横浜。
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順調に加速して静岡県内に入ると、こんな光景が!
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富士山が綺麗ぢゃのー。
ところでこの「のぞみ1号」。
東京~新大阪を2時間30分で結びます。
「のぞみ号」が誕生した頃、東京~新大阪を「無停車(俗に言ふ「名古屋飛ばし」)」で、2時間30分と話題になりましたが。
同じ所要時間で、かつ「品川」「新横浜」「名古屋」「京都」に停車させるのだから結構無理なスジ書きである筈。
運転手自身のプレッシャーも大きいであろう。(多くののぞみは、東京~新大阪は2時間36分ですからねー。)
実際この「のぞみ1号」は、私の経験則のみに基づけば遅れるもの。
遅れると言っても2~3分位ですから、許容範囲ですけどねー。

今日は時刻通りに名古屋に到着し。
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(イメイヂ画像)
けふは時刻通りに新大阪到着~。
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嘗ての宣伝文句『9時の会議に間に合います』。
けふは間に合いそうですねー。
で、西日本国鉄エリアに入りまして。
上空を見てみれば。
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伊丹を離陸した「国営航空」の姿ありけり。
新神戸到着。
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この駅。
昔ながらの「ホーム転落防止装置」を使用しております。
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岡山到着。
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岡山を出発したら、進行方向右手を見て戴きたい。
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岡山を代表する企業ですねー。
東京地区の人には『♪261-オール5 進◎ゼミ』を思い出す人もゐるでせう。
西日本地区では500系の本領発揮。
300km/hで走行。
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広島に到着~。
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まづはこちら側の出口へ。
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『はっ!』ときた人はゐるかしらー。
冒頭で触れた番組「ヒロシマ」の中で、綾瀬女史が降り立った場所。

『何でこちら側の出口なんぢゃーっ!』

と当該番組を見つつ、狂祖がプンスコした場面である。
けふはレンタカーを予約してあったので、『反対側』の出口へ地下道で移動。
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国策旅行怪社の商品で、格安レンタカーがあったのでそれを選択。
初めて利用するトヨタレンタカー。
普段は高くて利用できんからのー。
今回は特別謝恩価格として、『免責まで含めて3900圓』という超格安~。
トヨタレンタカーの場合、ETCが標準装備なのが嬉しいところ。
来たのはこの車。
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ヴィッツですね。
値段が値段ぢゃけー、文句言う積もりは些かもない。
1000ccでした。
噂通り、高速自動車酷道の追い越し車線では、『地獄』を味わえます。
命がけで追い越し車線を走る、そんな感覚です。
ついでに加速車線でも命がけorz。
一回きりだから文句はないが、日常の足としての車にはしたくないですねー。
100km/hで走行して、あんなに肩が凝った車は久しぶり。
相当走る能力がない軽自動車並である。(今時の軽はよく出来てゐるからのー)
走り慣れた(?)道を進みまして。
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「祇園新橋南詰」の交差点にて妻が叫ぶ。
『何~、あの規制標識~~?』
と。
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こんなイナゲな「進行方向別通行区分規制標識」を許可するなんていふ基地害は、アイツしかおらんぢゃろーw。
「とある理由」で、妻もこの交差点を幾度となく通過したことはある筈なのだが、気付かなかったらしい。
高速バスとの乗り換えターミナル『中筋駅』。
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祇園新道(酷道54号)から山陽自動車道へ分流(@広島IC)。
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って書きながら。
この儘逝ったら「高速自動車酷道ではなくて一般道ぢゃないの?」といふ疑問苦情意見は黙殺します。
わかる人にはわかりますよねーw。
ちょびっと「逝きたい処」というか「逝かなくてはならない処」に逝きまして。
然るべき事象を完遂させた後、東京へ帰る時と同じ経路で山陽道へ流入。
東京までは長い道のりなれど。
けふは極近『西条』にて流出。
ここへ逝く為。
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広島の銘酒『賀茂鶴』の工場であります。
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杉玉も健在。
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賀茂鶴の歴史。
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酒には「米」も命。
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勿論「水」も命です。
この工場では、工場内湧出の水も楽しむ事ができます。
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目指すはこの「利き酒」会場?
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私は飲めないので、その分、妻が頑張り。
狂祖は個人用にこれを購入。
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西条で有名なベヰカリー。
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「あんパン」がお薦めだそう。
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お次に『昼エサ』。
お好み焼でせう。
西条で気になってゐた店に逝きまして。
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この「自宅を改装」って雰囲気がたまらんのーw。
店内には「お好み焼店」には必須の「漫画本」棚。
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焼き始めました。
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この店の特徴。
(甲)バラ肉スライスが4枚
(乙)広島お好み焼の特徴である「薄皮クレープ」から始まらない
の2点。

(甲)について。
大抵の店は3枚がキホンぢゃけー、4枚も入ると嬉しいもの。
(乙)について。
正直驚きました。
真っ先にクレープ地をつくり、重ね焼き、というものが私の中の既成概念でしたので。

完成~。
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余所者には箸を提供する店が多い中、この店は「ヘラ」のみ。
意固地な店が嬉しいのー。
『この前神戸から来ちゃった人が』云々と、おばちゃんが遠方から来た食べにきた人の話をしてゐたので、
狂祖曰く、『東京からなのですが…』と。
おばちゃんとの会話もはずみ、楽しき一時w。
妻は、あれ程まで広島言葉のシャワーを浴びた事が無いそうなので楽しかったわー、との事。
特に。

『…たいぎかったけぇ。』

がズキューンだったそう。(狂祖同感w)
おばちゃんからすれば。
なにゆえにこれ程までに「東京モンが単なる地方都市(byおばちゃん)である広島に填り、かつ詳しいのか?」が興味深かったらしい。(←これって老若男女問わずみんな疑問に思うそうです。)
おばちゃんも最初のうちはポツリポツリ言葉であったが、最後の最後は「広島言葉機関銃状態」ぢゃたからのー。

いつまでも長居できないので、移動。
この港へ。
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背後には、こんな有名処の社屋が!
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忠海港であります。
目指すは「大久野島」!
上陸に際しての注意事項。各位一読されたい。
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船で移動。
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島内の宿泊施設は「休暇村」のみ。
定住者はゐない島です。
桟橋と休暇村の間には、無料のシャトルがあります。
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備品貸し出しも全て休暇村の独占。
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この島は、戦時下においては地図から消されてゐた島。
というのも、帝国陸軍が秘密裏に毒ガスを製造してゐた島であったから。
今では「ウサギの楽園」となっておりますが、そんな哀しい歴史を有した島なのです。
休暇村の玄関では「営業部長」と呼ばれてゐるウサギがお出迎え。
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(↑コヤツが島のウサギの中で、一番人間慣れしてますねw)
ウサギと戯れに来たのですが。
まづは真面目に島の歴史について学習。
「大久野島毒ガス資料館」でありやす。
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入場料は100圓。
館内では写真撮影が禁止されております。
狂祖的感覚では、特段凄惨たるものはありませんでしたねー。
館内を一巡したら、この島に来た目的。

ウサギと戯れる

を実践するのみ!
諸兄姉御承知の通り、狂祖は犬猫馬の類が大嫌い。
特に犬については、裁判沙汰に成る程であるがw。(当方も徹底的に駆逐するまで戦うor戦ってゐるのであるがww)
キホン的に動物嫌いの狂祖であるが、「ウサギ」「リス」「モモンガ」「ムササビ」「ヤマネ」の類は好きなんよー。
今回のこの「極秘ミッション」の為に、東京の『ペットのコヂマ』で購入した「ウサギのえさ(3kg)」を担いで逝ったんぢゃ。
奴らは野生動物とはいえ、人間は見慣れた存在。
個体によっては、『どんな仕草をして媚びをうれば、エサを貰える』というところまで会得してゐる輩もゐる。
音に敏感な奴らは、「開封」の音を聞き分けて。
エサ?
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エサ??
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って感じで関心を示し、エサに駆け寄ってくる。
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他方、満腹状態で、狂祖に何らの関心も示さない輩もゐる。
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ウサギは概して、女の人の方を好むヨカーン。
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自分の仲間内のウサギがエサ食べてゐるのを見ると。
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他の輩もダッシュ!でやって来る。
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そのうちの1羽が、エサ袋に気付き。
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立ち上がって。
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ねだる姿もカワイイ。
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そんな輩達を揶揄してゐるのか?
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まぁカワイイものです。
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と思ったら、今度は別のウサギがエサ袋に気付き。
直接そこからガメようと努力w。
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妻はこのウサギ群がお気に入り。
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休暇村の中には、こんなにウサギが。
まさに「ウサギの楽園」ですね。
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テレビ局の取材もしておりました。
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こんな姿もカワイイのー。
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夕刻になりましたので、内地へ帰る。
『ひょっこりひょうたん島』のモデルとなった島を横目にして移動。
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「山陽道~広島高速1号」のルートで広島市内へ移動。
広島市内の旅籠に登記。
チン電の稲荷町駅から歩いて直近の交通便利なところです。
今宵は洋風居酒屋にて。
もやし炒め
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お好み焼
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その他
でありました。
帰路、近隣の『7-11便利商店』において「お好み焼」ハケーン!
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勿論「広島風」のものでした。
賀茂鶴飲んだら撃沈!され。
そのまま意識不明~の世界観へ…。




5月13日(日)
起床時間は午前5時30分。
けふもまた中身濃い奇行であります。
まづはチン電の宮島逝きに乗車。
そうそう。
広島の電停の表示って独特なもの。
チン電が接近すると、その電車の行き先の一文字が点灯する仕組み。
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つまりこれでは『宮島行』接近、の意味。
宮島に渡れば、早速。
鹿のお出迎えを受け。
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タクシーでロープウェイの駅へ移動(710圓)
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ゆっくり見ていくだけの時間的余裕が無いんよorz。
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行動概略図です。
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毛利さんですねー。
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午前8時30分。
循環式ロープウェイが動き出しました。
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出発しましょう。
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意外と密林なんですねー。
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妻曰く。
オーストラリア・ケアンズ近傍の密林みたい、だそうで。
到着しました。
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でもここでは乗り換えするだけ。
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交走式のロープウェイに乗り換えます。
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営業開始の時間になりました。
目指すはあそこ!
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獅子岩駅に到着~。
看板群。
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ここからあの展望台(弥山山頂)を目指します。
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青い空だった。
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あと1km。
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弘法大師が求聞持の修法を行った「弥山本堂」。
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1200年間燃え続けてゐるという「霊火堂」。
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「くぐり岩」を越えて。
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『皇太子殿下(=昭和天皇)御展望跡』を経由して。
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ちなみに昭和天皇が御覧になられた、その場所からの光景。
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着きました。獅子岩駅からここまで約25分。
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頂上です。
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汗だくでしゅ。
こんなに朝っぱらから来る輩も珍しいのでしょうか?こちらを凝視しております。
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ここまで苦労するオリエンテーリングコースは嫌でしゅねー。
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広島市方向を一望。
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下には「厳島神社」の鳥居がっ!
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別の方向に移れば。
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ロープウェイを降りた「獅子岩」の駅を見つけ。
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結構登ってきたのー、と実感。
そのまま視線を遠くに向ければ。
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江田島が見えます。
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(イメイヂ画像)
上空を通過する国営航空機。
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そうそう。
弥山本堂における絵馬って。
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だるまさんなんですよ。
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お猿さんは見かけませんでした。
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獅子岩駅にまで下る事約18分。
鹿さんを発見。
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交走式ロープウェイを降り。
循環式でさらに麓へ。
運転間隔調整中~。
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逝ってヨチ。
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この時間になると、麓から山頂に向かって人が涌いてきます。
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山麓のロープウェイの駅を降り、桟橋まで歩く。
蛇が目の前を横切りまして。
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『紅葉谷公園』において、こんな光景が!
131_4 
「もみじ」と「鹿」なんて、花札の世界ぢゃのー。
世界遺産宮島を船から見て。
132_1
けふは珍しく潮が引いておるのー。
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それを奇貨として、ガッツリ飲むしかなかろう~。
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船内で麦酒1本を飲み干し。
広電宮島口駅へ。
丁度電車が来たので乗ろうと思ったが。
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妻が「どうしてもGREEN MOVERに乗りたい」というので、一本遅らせる。
136_1
このGREEN MOVER。
独逸のジーメンス社製です。
車内はこんなかんぢ。
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広電は「チン電」のイメージが強いのですが、郊外に来ると専用軌道なんですねー。
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紙屋町西で乗り換え、市役所前へ。
本日の昼エサはここ。
139
『流行屋』です。
今や全国区となった『広島つけ麺』の発祥の店。
これが本家・元祖。
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最近流行の店よりも、上にのる野菜類が多いやうな気がする。
妻は中辛で充分。
おいらは「大辛」と「超大辛」の中間位かのー。
男の場合は、大盛りを頼んだ方が良いと思われる。
辛いながらも「ゴマ」の存在感を際だたせる手法は、流石ぢゃけーのー。

店を去り。
その後逝くところへ。
読者の方から、「広島巡礼の際に逝く処を御教示あれ」なる要望が来てゐたので、少しばかり公開したいと思う。
ココです。
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詳しくは記述しません。
関心・興味がある方。
御自分の努力でその由来を調べて下さい。
場所も御自分でどうぞ。
ヒントは、この標識です。
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この標識がある道路で駐車してゐる東日本の地名を附したナンバー「・324」は、間違いなく狂祖のクルマでしゅ。
これもヒントでしゅねー。
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バラが華麗な世界を作り出してゐました。
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爆心地も拝み。
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横川地区にある『ゴッドバーガー』へ。
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横川といえば、奥田民生先生と木村カエラ女史が中心となった『カスタムメイド10.30』のメインロケ地。
その2人が、映画の記者会見の席で絶賛したお店がココ。
待つ事15分。
味は一流。
でもね、値段も一流orz。
広島で「あの値段」は高いんよー。
そうは言っても、地元の人も結構(というか殆どそう。)ゐた。

とうとう帰京しなければならない時分。
帰りも500系を狙ったが、あいにく満席orz。
仕方がなかったので、帰路は広島発ののぞみで。
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700系(東海国鉄車両)であります。
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往路の500系とは、側面のつくり・角度が随分異なるでしょう~。
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動力性能は500系に比べると、格段に落ちますが、居住性は確保されてゐるらしい。
そうこうしてゐるうちに、発車ベルが吹鳴し。
東京までの4時間強の旅が始まりました。
『♪び~、アンビシャース…』
の車内メロディが始まると飲酒開始。
アテは勿論「お好み焼」よー。
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姫路城が車内から見え。
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宮島名物「あなご飯」を食す。
152153 
有名処「うえの」に狙いを定めて。
本店は勿論宮島口ですが。
テナントとして『三越広島』の地下で実演販売してゐます。
本店では、「持ち帰りの弁当」ですら、30分待ちは当たり前~。
こんな時は、迷わず八丁堀の三越へ。
ここの地下1階ではテナントとして出店してゐる。
三越カードを持ってゐれば割引。
待たされず購入できる大穴スポットですね。
名古屋で「コーンスナック Tokai Walker」を食して。
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無事に東京到着。
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こうして2日間の「広島奇行」は終焉となりやした。
それにしても、新幹線で4時間ちょっとは、結構老体にはキツイですねー。
飛行機での移動に慣れてしまってゐるので…。
土地鑑があれば「のぞみ一直線東京~広島」と「都心~羽田空港~飛行機~広島空港~高速バス~市内」とを比較すれば、一時間近い差ができますからねー。
どっちを選択?と聞かれれば、私は間違いなく「空」を選択します。
冬場以外は絶対に空の方が、体は楽です。
冬場は…。
雪が降りますので、空路は避けた方が宜しいのでは…。
唯一の空港アクセスである「高速バス」が、壊滅的状況になりますのでorz。
さてさて。
今度はいつ訪問しようかのー。

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天寧島へ逝く

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丁度一年前のことになるが。

TBSの特別番組で「ヒロシマ」というものがあった。
新しい世代に戦争体験を語り継ぐという意図もあるだろう。
芸能人としての「綾瀬はるか」ではなく、一私人としての「綾ちゃん」一家の秘密を暴露する方式で、事実を露呈させ番組を進行させた構成には、賛否両論があった。
個人的見解であるが、私としては完全に是認することはできないが、「芸能人」「私人」のどちらをも支持支援してゐる身であるが故に、彼女の人間形成に何らかの一助or一影響となり得たことは容易に想像できるものである。
また、アグニュー博士を記憶しておられる諸兄姉も多いだろう。
原爆投下に関しての謝罪を一切拒否する博士の姿勢に批判的な見解が強かった様に記憶してゐる。
ただ私としては、寧ろ博士の姿勢は「あっぱれだ」と思ってゐる。
日本では「多くの民間人が云々」という出発点がいわば議論の出発点として固定化されてゐる。
私は果たしてそれが正しいのか幼少の時分から常に疑念を抱いてゐた。
それが、博士の言葉にハッときたものである。 私と同じ事を言ってゐる人がゐたのだから。
“There are no innocent civilians.You are doing something for the war effort.”
まさにこれこそ私が幼少の時から思ってゐた事である。
時の政府に真っ向から抵抗してゐた某政党の党員連中が、自らのことを「innocent」と主張するのならば理解できなくもないが、果たして大多数の国民が本当に自らの事を「innocent」と主張することが正しいのか、という意味である。
軍人の考えからすれば、「自分が相手を殺る」か、「自分が殺られるか」の2つに1つの選択肢しかない。
「敵」か「味方」か、の観点としても良いだろう。
私自身現実にそう思ってゐる。
相手が民間人であれ、軍人であれ、自分の敵若しくは敵の支援者ならば、それを殺るのは寧ろ自然な流れであるし、私自身がそうするだろう。
日本は、テニアンが陥落した時点で負けが決まってゐた。
その時点で日本は降伏するべきだった。
それを「一億玉砕」を唱えて敵に徹底抗戦を主張された以上、軍人の立場からすれば私は総攻撃を仕掛けるであろうし、私が指揮官ならば原爆投下を声高に唱えたと想像する。
まぁ、私みたいな考えの人間が権力の中枢に居る限りは、戦争が無くならないことは否定しませんが…。
勿論私自身、戦争を行わない努力は必要だとは思っています。 その方面の努力なり駆け引きは常に行うべきでしょう。 まぁ色々議論はありますが。
綾瀬女史が出演してゐたことも多分に影響して。
当該番組は狂祖にとって印象深い番組となったわけだ。
だから。
『いつか必ず綾瀬女史の足跡を辿ろう』
と決め関係方面に支援要請をかけてゐた訳である。
準備に約1年。
成田を出発する日がきました。
一番の目的地は、原爆搭載のエノラゲイが飛び立ったエイブル滑走路@ノースフィールド
綾瀬女史が「凄く長い滑走路ですね」と語ったエイブル滑走路。
それを有するテニアン島(天寧島)。
これに決まり。 あわせて。
なかなか情報がとれなかった「弾薬庫跡」。
非常に危険な場所にあるため、観光マップに掲載を見送ってゐる場所。
この場所参拝の準備が大変でした。
ジモピーも含め、誰も行きたがらない場所。
旧日本軍が、 自決・自爆した当時のままの姿で現在に至るため、重油・兵器その他がその時のまま…。
この時期のサイパンは、乾期から雨期へ移行する時。 天気予報はアテにならないそうです 。
雨男の私ですが。 この時はネ申に助けられ、快晴でした。
花で言えば、花炎樹が満開の時期。 字の如く、真っ赤な鮮やかな色を誇示します。
紅色系というと、ついつい 『あの日のピンクの紫陽花(那天我与亜紀看到的粉紅色繍球花)』 を思い出してしまう私はコマッタチャンですが…。
この花炎樹は「南洋桜」という別名を持ち、南洋庁サイパン支庁テニアン出張所管内では殊に愛されてゐた花です。
丁度6月から7月が開花の時期。
でもね。
よ~く考えて見ると、サイパン・テニアン陥落って1944年の7月上旬。
多くの臣民が、「生きて虜囚の辱めを受けず」と、バンザイを叫んで自決しましたが、丁度その時にこの花は満開だった筈です。
自決した多くの臣民が、最後に見た光景は、郷愁の念を彷彿とさせる「真っ赤な南洋桜」だったのでしょう。
ちなみに。 所謂「バンザイクリフ」は、サイパンのものが有名ですが。 死亡率は100%ではなかったそうです。
知名度は極めて劣りますが…。 テニアン島にも「バンザイクリフ」があります。
こちらは死亡率100%だったそうな。(地元のお年寄り談)
南洋庁は島民教育に熱心だった為。 日本語教育には特に気合いを入れておったそうな。
それがゆえに、お年寄りは日本語で物事を考えて、日本語を話して、NHK衛星を見ておるんだそうな。(「お兄さんは郵便局お勤め?。株式会社になるらしいねぇ。今年は昭和で言うと何年かな?なんて言われましたから。」)
さて今回の参拝。今までの「ロケ地巡り」で最も準備期間を要したものであり、それを成し遂げた感動は自己満足ながらも大きなものです。
日本航空の路線撤退により、日本人旅行客が激減。
かわりに韓国人・中国人が来ているようです。
ただ、客単価が低い事に加えて、多くの問題を生じさせる民族なので(まぁそうでしょうねぇ)、サイパン側としては正直迷惑な存在だと言っておりました。
嘗ては「来て当たり前の存在」であった日本人が、激減してしまって初めて日本人の存在の有り難さを実感した島民が数多との事。
最後に観光局の人が、「綾瀬さんのファンの方は、是非足跡巡りに来て下さい」と懇願されましたので、この場で紹介します。

では南国サイパンへ向けて。綾瀬女史の足跡を求めて…。
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出発ゲート
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機内食
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機内ではポータブルDVDプレイヤーを用いて、精神レベルを高揚させる。
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この日の朝エサ。ドーナツ・チップス・冷コー・クラムチャウダーで$4.95。
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ホテル前の光景。ここって。どこぢゃ?と一瞬思わせる程アジアの文字が乱立… 。
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サイパンのマスコット「サイパンダ」。パンダの亜種か?Abc
憧れの「天寧島」への航空券~
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検査の厳しい国際線ビルに比べて、国内線は本当にローカル空港の雰囲気。荷物検査なんかありません…。
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さて出発~
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こっちのプロペラ機でした…。orz
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こんな小型機と大型機が入り乱れております。仲良く北西航空のボーイング757とタキシング中~。
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管制塔から「逝ってヨシ!」の許可を得て、あっという間にお空へ~
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先程まで仲良くタキシングしておったB757が足下に見え…。
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あっという間にテニアン空港ハケーン!左旋回でアプローチ。
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流石慣れております。飛行距離を減らすため、着陸寸前で機体をまっすぐにする作戦でした。嘗ての超難関空港「啓徳香港空港」の着陸の逆バージョンです。(啓徳は右旋回でアプローチだったため)。
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島の南北を貫く唯一のまともな道、「ブロードウェイ」。本家のものとは比較にならないものですが…。ちなみにこの画像。北を背にして南方向を鳥瞰してゐるのですが、この道の南端(=海との接点)の箇所にある港に、合衆国本土から原爆が到着。陸路まさにこの道を北上し、エノラゲイへと引き継がれていくんですよね…。orz
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「天寧(テニアン)島」は、日本統治時代、「テニアン牛」という名のブランド牛肉を出荷しておりました。その子孫達が今でもその血を受け継いでおります。ブロードウェイに隣接して牧場あり…。ニューヨーカーに怒鳴られそうですが…。滅多に人が通らないので興味深そうにこちらを見てゐる輩もゐますね(笑)。
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島の北部にある旧滑走路まで来ると、道もこんなありさま。ここを原爆が61年前に通過したんですね…。(注:一応右側通行の国なので右半分を通行中。ちなみに北マリアナ連邦の法令により、二輪車は免許証が不要・車体の登録も不要です)
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ブロードウェイから離れ、エイブル滑走路方向へ。原爆の運ばれた道を逝く…。
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こんな道になりました。
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滑走路に到着~
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世界で初めての兵器をエノラゲイに設置したピット。61年前この場で機体に装着された新型爆弾により、綾瀬女史の血族も被害にあったんですよねぇ…orz...
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ピット内の展示(エノラゲイ)
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ピット内の展示(リトルボーイ)
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ピット内の展示(掃除のおっさんが、本来ならば縦置きの写真を横にしたまま帰宅してしまったそうです…)
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ピット内の展示
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これだけ長崎側のピット内にある展示。TBSの「ヒロシマ」の公式ページ内www.tbs.co.jp/sengo60sp/staffnote02_3.htmlにおける記述『写真に"TOP
SECRET"の文字を見つけた綾瀬さんが、「この写真に写ってゐる人たちも(これが何だか)知らなかったんでしょうね。」と小さい声でつぶやいていました。』における、綾瀬女史がハケーンした「TOP SECRET」の文字を探して基地内を爆走しておりました。
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現在の姿。
当該箇所を求めて建物内に入ろうと試みるも、連邦政府により立入が禁止されております。ネ申達はその通達を犯して中に入ったとして連邦政府内で一悶着あったやうです。「ネ申」の足跡辿ってここまで来た以上、私も入ろうと試みましたが…。
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建物内は大型蜂の巣が乱立しており、これ以上は近寄れなかった。(∵威嚇行動が見られた為である)
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日本軍弾薬庫への入口。ここは観光局としては観光箇所としては公開してゐない箇所。地球の歩き方にも掲載されておりません。おまけに地元民は絶対に立ち入らないような箇所。「こんなところにネ申を連れて逝くな!」と正直思えました…。これは壊れた看板。
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途中までは四輪車が立ち入った形跡があるのですが…。
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とうとう見つけました。入口です。
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ネ申が実際に御覧になられた光景。自爆させた当時のままだそうで…。orz...
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みっちー撮影。霊感がマイナス査定状態な程霊感がない私でも、これ以上は入れませんでした…。
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タガビーチの光景
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こんな水の色、見たことがありません。地元の人も、こんなに綺麗な色も珍しいと言っておりました。
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飛び込み岩。何年か前のポカリのCM。鈴木杏女史が飛び込んだところです。
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まぁ南国ではよくある光景ですが。
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台湾ではお馴染み、「スターフルーツ」ハケーン。
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山荒らしは勝手に食べております。
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日本統治時代の郵便局
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南洋興発株式会社神社跡地。入植者達は「花炎樹」を「南洋桜」と呼んで故郷を懐かしんだそうです。
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今でも1940年代で時が止まっております。地雷の完全撤去は実際ムリですからね。
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キャタピラを構成する部品。テニアン島上陸作戦の際のものだそうで。
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この日のランチ。
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「ヒロシマ」取材の際に、綾瀬女史がお泊まりになられたホテルでつ。
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来る時と同じ7人乗りの機材でサイパンへ。
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エノラゲイが飛び立ったエイブル滑走路とリトルボーイ搭載箇所を撮影
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サイパン島が見えました。針路45度方向にサイパン国際空港の滑走路が見えますね。
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DFS近くのデリで夜エサ。しめて$4.75也。
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タイムバーゲンでジモピーと混じって勝ち取った「キリン一番搾り(カリフォルニア工場製造)」。
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色々つまみ食い~

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